荒川修作
「BOTTOMLESS—60年代絵画と現存する2本の映画」

現在SCAI PIRAMIDEにて開催中の荒川修作「BOTTOMLESSー60年代絵画と現存する2本の映画」は、緊急事態宣言の延長に伴い、6月2日(水)まで閉廊となります。
ご理解のほど宜しくお願いいたします。
会場:SCAI PIRAMIDE

この度、SCAI THE BATHHOUSE(谷中)とSCAI PARK(天王洲)に続く第三の展覧会場として、現代アートシーンのさらなる交流と進展を育む 企画展スペースSCAI PIRAMIDE(六本木)をオープンいたします。ギャラリーの既存の枠組みを超え、新たな切り口を提示をすることで時代に即したコンテクストの更新を図ることを目指しています。

初回となる本展では、没後10周年を経て再評価の高まる荒川修作の初期作品を取り上げます。過去の価値観や理解の体系が見直しを迫られるなか、私たちに与えられたすべての認識手段を用いて今を「考え抜く」にはどのような訓練が必要なのでしょうか?荒川の絵画は、イメージと知覚、思考が集合する場として機能し、自然科学と哲学のエクササイズを通じてこの問いに答えようとします。不完全な理解という蒙昧な霧の中で、異なる認識の次元を束ねる羅針盤として、まだ見ぬ覚醒の地平線を望むことがそこに企図されていました。その試みは今日の現実を受け入れることでさらに更新され、新たな解釈に向かって開かれていきます。

平面作品《BOTTOMLESS No. 1》(1965年)では、上下に引き伸ばされ底部が開いた立方体が描かれています。フリーハンドで引かれた図 形は、得体のしれない巨大な装置のようであり、血液や精神の内部が流れ出てしまう身体を意味すると言われています。鑑賞者を導き入れる矢印や機械的なダイヤグラム、日常のイメージやタイポグラフが配された「図形絵画」の多くは、大きなキャンバスに描かれ、身体的に知覚し思考できるように作られています。このシリアスな厳格さと奇妙な仕掛けの狭間に、見るものは新たな認識の開発へと促されていきます。

マドリン・ギンズとの共同制作となる二本の実験映画は、こうした平面における知的な探求に時間軸を加えた情念的な表現の模索と考えられます。《Why Not(A Serenade of Eschatological Ecology)》(1969年、110分)では、裸の女性が部屋にあるドアやテーブルと格闘し、閉鎖空間における身体パフォーマンスのように存在のあり方を問いますが、《For Example(A Critique of Never)》(1971年、95分)では、その主題をさらに突き詰め、ニューヨークの路上を徘徊するホームレス少年の身体と周囲の環境の変化を記録し、荒川+ギンズのテキストを繰り返し重なり合わせています。

キャンバスに、そしてスクリーンに飛び交う記号論的なアイデアの数々—。当時まだ30歳前後の若きアーティストが投げかけた問いの作法は、鑑賞者の知覚を揺さぶり、新たな理解の手段を開発する可能性に向けられていました。それは難解な言葉による認識の手続きさえも巧みにかわし、意味という現象の総体を掌握しようとします。荒川の試みは、世界の分断と二極化が進みこれまでの体制が機能しなくなった混迷の時代にこそ、相応しいと言えるのかもしれません。

私達は願う ── 未来の世代がこのユーモアをとらえ、彼らの思考モデルと逃走ルートの構築のために役立ててくれることを! *

* 大坂絋一郎訳、荒川修作とマドリン・ギンズによる共著『意味のメカニズム』序文より引用|日本語版:1979年ギャラリーたかぎ出版

Arakawa, BOTTOMLESS No. 1, 1965, Ink and oil on canvas, 149.7 x 120 x 2.5 cm © 2020 Estate of Madeline Gins. Reproduced with permission of the Estate of Madeline Gins
Arakawa, BOTTOMLESS No. 1, 1965, Ink and oil on canvas, 149.7 x 120 x 2.5 cm
© 2020 Estate of Madeline Gins. Reproduced with permission of the Estate of Madeline Gins