Moon Kyungwon, Soft Curtain_White II, 2025Oil on canvas, 55.1 × 55.1 inches (140 × 140 cm)
Moon Kyungwon, Soft Curtain_White II, 2025
Oil on canvas, 55.1 × 55.1 inches (140 × 140 cm)

ムン・キョンウォン&チョン・ジュンホ
「Dialogue Manual」

2025年11月5日(水) - 12月19日(金)
※予約不要
開廊時間:12:00 - 18:00
日・月・火・水・祝日 休廊
※11月5日(水)は開廊
会場:SCAI PIRAMIDE

 すべての空虚がみたされ、すべての間隔が埋められる。金属までが、久しい以前から生命の失われた細胞や管の中にこっそり忍びこんだ、不感無覚の緻密な物質が、その終の棲家において、かつて生命を持っていた他の物質にとってかわった。前者は、後者の正確な形や、そのきわめて繊細なわだちをそのまま受け入れた。それゆえ以前の物質の形が敷写されて、年月の大きなアルバムの中に残る。署名者は消え去った。しかし、かつて存在した別の奇蹟の証拠である輪郭のひとつひとつが、不滅の自筆としてのこる。

ロジェ・カイヨワ、『石が書く』、岡谷公二訳、新潮社、1975年、113頁。


失われた季節を求めて

 ムン・キョンウォン&チョン・ジュンホは、2009年から活動している韓国のアーティスト・デュオである。ともに1969年生まれの二人は、結成当時、すでにアーティストとしてのキャリアを確立しており、ムンは主に絵画と実験映画、チョンは彫刻とインスタレーション(その一部は2009年にSCAI THE BATHHOUSEで展示された)で知られていた。デュオとしての芸術実践の中心には、長期間にわたる学際的プロジェクト「News from Nowhere(どこにもない場所のこと)」がある。現代美術の役割と意味を考察することを目標とするこのプロジェクトは、映像、インスタレーション、写真、ワークショップ、書籍、ウェブサイト、ニュースレターなど、多様なメディアを駆使した制作のプラットフォームとなる。プロジェクトの中で二人の最初のコラボレーションは、dOCUMENTA 13で発表され、現在金沢21世紀美術館に所蔵されている、2チャンネル映像インスタレーション《世界の終わり》(2012)である。2022年に同美術館で開催された大規模な個展「ムン・キョンウォン&チョン・ジュンホ どこにもない場所のこと」を鮮明に記憶している観客も少なくないだろう。

 今回開催される二つの展覧会は、それぞれ「News from Nowhere: Laboratory of Spring and Autumn Collection」と「Dialogue Manual」と名付けられた。まず、映像インスタレーション《Phantom Garden》(2024-2025)をはじめとする作品群で構成された前者はSCAI THE BATHHOUSEで、時間と記憶の堆積層を探求するムンの絵画ならびにグローバル・アート・シーンの経験に言及するチョンの彫刻作品はSCAI PIRAMIDEで展示される。一つの展覧会はもう一つの展覧会と密接に結ばれており、これから展開されていくデュオの学際的プロジェクトを予告する最新作だけでなく、同時に彼女と彼の個人制作を見ることのできる貴重な機会となる。

 《Phantom Garden》の背景は、春と秋が消えた未来の世界である。悲しいことに、かつて秋と分類されていた9月の気温が連日30度を超えた2025年を生きる私たちにとって、この話はフィクションよりは現実に近い話なのかもしれない。気象学者たちはあまり遠くない未来に日本(と世界の他の地域)で春と秋がなくなり、夏と冬の「二季」になるだろうと展望している[1]。多くの過去作と同様、今回のムン&チョンの作品もサイエンス・フィクションを連想させる世界観を持っている。マンチェスター大学ウィットワース美術館ディレクターのイ・スッキョンは、二人の作品における未来の表象を、私たちがこの世界のディストピア的要素と向き合うことを可能にする「批判的ディストピア」だと述べた[2]。すなわち、その世界観というのは、異化効果によって現在を普段と違う距離から再考させる詩的な方法論として理解すべきであろう。これは、「世界の不完全性は、未来に対する可能性でもあります」というムンの言葉とも共鳴している[3]。そして、その世界には「これまでのすべての知識の蓄積された存在」と形容することのできる、孤独な主人公がいる[4]。ただ、《Phantom Garden》の主人公の場合には、春と秋という季節を経験したことのない、これまでのすべての「無知」が蓄積された存在でもある。なぜ主人公は一人なのだろうか。以前、この質問に対してチョンは、孤独と孤立は人間が自らの存在について省察するために有効な手段だからだと答えた[5]

 SCAI THE BATHHOUSEには、アルミニウムで型をとったインスタレーション《Prosperos Botanica》(2025)が展示される予定である。金沢21世紀美術館でムン&チョンの展覧会を企画した中田耕市が指摘した通り、二人の複数の作品の中には、次の世代や文明へと時間を越えて人類に不可欠な何かを運ぶ「トランスポーター」の役割をする重要なアイテムとして植物が登場する[6]。今回の展覧会では、作中で失われた過去、すなわち現在の遺物として、近現代社会を反映し、未来へのビジョンを示唆する、もう一つの「トランスポーター」としてアルミニウムという素材が選ばれた。メディア考古学者のユッシ・パリッカによれば、アルミニウムはコンピュータ・サイエンスを可能にさせた、近代性を特徴づける物質の一つである。また、アップル社の商品が消費市場を魅了する輝きを放つよう研磨される際に放出される極小のアルミニウム塵埃は、製品加工のプロセスの中で取り残される典型的な残留物としてメディアの物質性を定義する[7]。レアメタルをめぐる戦争の時代、このもっともレアではない金属が私たちの文明の批判的象徴としてどのように活用されているかということは、今回の展覧会の見どころであるにちがいない[8]

 数日前に、ムン&チョンは《Spring and Autumn Collection》を代表する新作のコンセプトを共有してくれた。一つは、春の香りをこめた岩つららのような彫刻であり、もう一つは、地球の海洋生態系が絶滅した後、航海する船を音波と振動で導くソニック・ライトハウスに関する作品になるとのこと。失われた季節を探る旅程において、二人は嗅覚と聴覚を道標として選んだのである。筆者自身もまだ展覧会を実見できていないが、いままでと同様、そこには同時代社会に対する批判的な想像力がこめられていると信じている。この短いエッセイを、ロジェ・カイヨワの言葉で始まり、そして終わる理由はまさにそこにある。「眼に映る像はつねに貧しく、不確かだ。想像力は、記憶と知識の宝庫の助けを借りて、経験、文化、歴史がその手にゆだねるすべてのものの助けを借りて、この像を豊かにし、補う。これは、想像力が必要に応じて自分で発明したり、考え出したりするものの助けはさておいての話である。こうして想像力は、造作もなしに、ほとんど無に近いものさえも、豊かな、圧倒的なものに仕立てあげてしまう」[9]

馬定延(ま・じょんよん)
関西大学文学部映像文化専修教授・国立国際美術館客員研究員



[1]春と秋が消え「二季」になると 猛暑・豪雪…異常高温化の未来には、朝日新聞オンライン、2023年12月19日 https://www.asahi.com/articles/ASRDL5F8MRDJUPQJ003.html [最終アクセス:2025年9月19日]
[2]Dr. Sook-Kyung Lee, “Critical Dystopia: On NEWS FROM NOWHERE” in NEWS FROM NOWHERE: A Platform for the Future and Introspection of the Present (exh.cat.), National Museum of Contemporary Art, Korea, 2012, pp.21-26.
[3]「アーティスト・インタビュー:ムン・キョンウォン&チョン・ジュンホ」、聞き手:馬定延、『美術手帖』1094号(2022年7月)、美術出版社、209頁。
[4]“Hans-Urlich Obrist in conversation with Sook-Kyung Lee, Moon Kyungwon & Jeon Joonho,” in Sook-Kyung Lee (ed.), The Ways of Folding Space & Flying: A Project by Moon Kyungwon & Jeon Joonho, Phil Allison Cultureshock Media Limited, 2015, p.103.
なお、この書籍は、ムン&チョンが第56回ヴェネチア・ビエンナーレの韓国館を代表した際に刊行されたものであり、四人の対話は、2014年12月1日にロンドンのサーペンタイン・ギャラリーで行われた。本文の中に引用されたのは、イ・スッキョンの言葉である。
[5]『美術手帖』、前掲、209頁。
[6]中田耕市、「真の非常事態を出現させるために—「ムン・キョンウォン&チョン・ジュンホ どこにもない場所のこと」を巡るノート—」、中田耕市、野中祐美子編、『ムン・キョンウォン&チョン・ジュンホ どこにもない場所のこと』(展覧会カタログ)、金沢21世紀美術館、2022年、109頁。
[7]ユッシ・パリッカ、『メディア地質学』、太田純貴訳、フィルムアート社、2023年、89-90頁。引用者による一部の翻訳修正を含む。
[8]ギヨーム・ピトロン、『レアメタルの地政学』、児玉しおり訳、原書房、2020年参照。
[9]ロジェ・カイヨワ、『石が書く』、岡谷公二訳、新潮社、1975年、82頁。