鈴木友昌 個展
1972年、茨城県に生まれた彫刻家・鈴木友昌は、1998年にロンドンへ移住。現在は千葉に活動の拠点を移し、高い完成度を追求する具象彫刻に一貫して取り組んでいます。服の皺、シャツのボタン、アクセサリー、-細部にまで神経の張り巡らされた、ファッショナブルで個性的な木彫像は、現代美術的文脈において異彩を放ち、ヨーロッパ各国においても高い評価を得て来ました。本展では東京にて制作された新作群が展示されます。その土地・社会で出会う「モデル」にこだわり、リアルへの忠実さを軸に制作を重ねて来た鈴木が切り取るのは今の東京。都市との対話を試みる中で、無作為に選ばれた東京のモデル達を投射する四体の作品が、SCAI THEBATHHOUSEの展示空間に並びます。
青いハットに、左耳のピアス、右腕のタトゥー。日本人の青年をモデルにした彫像は、どこか遠くを見るような中立的な表情を浮かべています。スタイリッシュな外見は正に現代を生きる東京の若者そのもの。一方で右手に携えたカメラは、彼の注ぐ情熱の矛先を現しているのかも知れません。床に直接置かれた作品は、古典的技法に裏打ちされた確かな造形力とともに、およそ60センチの高さの縮尺された人物像として自立しているのが特徴です。「ファッションを切り口に現代を捉えようとしてきた」と鈴木自身が語るように、流行を纏う彼らの姿とその精緻なディテールは、近距離で観察のまなざしを向けた途端、木の繊維のざらつきとともに鑑賞者の眼前に立ち現れます。トーマス・ルフやアウグスト・ザンダーといった写真家の影響を自覚する鈴木の実践は、一方で写真の写実性や客観性を単純になぞるのではなく、身体性・時間性・素材性を通じた、より触知的なリアリティとしての現実の再構築を試みているようです。膝小僧に刻まれた蝶のタトゥーが印象的な女性像は、都内の大学に留学中であるという中国出身の少女がモデルです。多国籍のルーツを持つ仁王立ちの青年像は、真正面を見据える挑戦的なまなざしが鑑賞者に強い印象を与えます。さらに、ロリータファッションに身を包むのは、韓国出身の少女。東京の流行発信地、サブカルチャーの中心である原宿から飛び出て来たような姿が鮮明に浮かびます。展示室に点在する四体の像は、日本のカルチャーに憧れ、あるいは失われた民主主義を求めて東京に集った若者たちの縮尺された写像を含み、東京という大都市の「今」を、鮮烈な現実感と共に鑑賞者に訴えかけて来ます。台座なしで作品を空間に置く実践は、建築と彫刻、あるいは鑑賞者との関係を再構成する試みでもあると作家は言います。その配置は、視線を交わすことのない孤立した人物たちを通じて、都市の中で埋没し、切り離され、孤独に生きる私たち自身の姿を映し出すかのようです。
生成AIの台頭によって我々の高度情報化社会は新たな局面を迎えつつあります。身体、物質、時間という重厚な層を通じて結実する鈴木の具象彫刻は、情報空間に比重の置かれたメディア的幻想に対する高度な批評性も連想させます。物質の手触りや、身体感覚への価値が重みを増す時代に、鈴木の実践は新たな視点で再び迎え入れられるに違いありません。現実のモデルを再現した縮尺上の木彫像は、どこか別の次元に属する存在——この現実とは異なる位相の住人のようにも見えてきます。「今を生きる人間」の刻印を試みる鈴木の作品に、私たちはモードという儚い記号的表層と、木を彫るという時間の積層の交差の中に立ち現れる「永遠性」の凝縮を垣間見るのかもしれません。
協力:東京造形大学

撮影:宮島径