ヴァジコ・チャッキアーニ
「Big and Little hands」
2024年11月6日(水) 16:00 - 18:00
開廊時間:12:00 - 18:00
※日・月・祝日休廊
Art Week Tokyo 期間の11月10日(日)オープン
ジョージア出身の現代美術家ヴァジコ・チャッキアーニ。ジョージア館代表に選出された、第57回ベネチア・ビエンナーレ(2017年)では、鉱山から移設した古いカントリーハウスの内側に雨を降らせるなど、人間心理と社会情勢を比喩的に抽出する重層的な彫刻作品およびインスタレーションで評価を受けています。 SCAI THE BATHHOUSEでの2度目の個展となる「Big and Littles hands」では、チャッキアーニが本展開催のために、リサーチ、制作に取り組んだ新作の彫刻作品群、および映像作品を展示します。歴史と自然、不在と存在、あるいは家族と経済 – 二項対立的な構造、およびそれらによって生じる矛盾といった作家の制作活動における中心的な関心を、独自の弁証法的手法で昇華しています。
本展タイトルともなった新作の映像作品《Big and Littles hands》(2024年)は、ジョージアの詩人ギャラクシオン・タビゼ(Galaktion Tabidze)(1892-1959年)の詩から一次的な着想を得ています。生と死の弁証法と作家が呼ぶ試みは、資本主義経済、政治、およびそれらが人間に及ぼす不安定さといった諸々のテーマを、象徴的な表現形式とともに描き出しています。政府によって閉鎖されることが決定されたジョージアの首都トビリシの、ある歴史的な市場のドキュメンタリー風景が、徐々にナラティブへと変容していきます。その中で、市場で働く果物の売人が、過労のため運転中に睡魔に襲われるシーンが映されます。彼が引き起こす子どもを巻き込んだ自動車事故 - その瞬間は見えません - が本作の中心的なナラティブを形成しています。映像は、やがてジョージアの夏の風景、および三人の姉妹が歌う別の場面へと転換し、最後は土の下にいる別の三人の目が光る謎めいたショットによって締めくくられています。見えるものと見えないものへの問いかけを通じて、チャッキアーニは、人間心理の複雑な構造下に隠された真実の声 - それは家族の歴史、あるいは社会等の外部要因によって形成されます - の在処を示唆しているかのようです。
焼かれた小枝、古い木の板、あるいは、小さなログハウス ― 展示室の壁面や床に設置された作品群は、映像世界の構成要素でもあります。チャッキアーニは、閉鎖される市場のほか、マンガン採掘工場のある古い村の姿を、本映像作品に組み込んでいます。国家と企業の圧力に支配されたこの村では、家屋は破壊され、村人は先祖の土地を離れることを余儀なくされました。床に置かれた彫刻は、その村の打ち捨てられた家具や残骸を回収し、オリジナルの型を取り、変化を加え、石膏と絵具を混ぜた素材によって完成されたものです。「状況に直接手を下すことなく、ある種の抵抗を生み出すこと」が、制作の目的であると語るチャッキアーニにとって、これらの作品は、過去に新しい生を与えるジェスチャーです。キツツキの習性に着想したというトゲのある彫刻は、破壊された家の屋根の破片を丸め、作家自身が素材表面に開けた無数の穴に埋め込み、政治的・経済的に虐げられた住民の記憶が隠喩的に示されています。焼け焦げた内壁が特徴的な小さなログハウスは、人間心理、とりわけ幼児の心理情景が投影された作品です。「 家族」は、作家にとって重要な主題のひとつであり続けてきました。そこからは、《Big and Little hands》というタイトルにも重なる、大きな権力に影響される小さな存在、という示唆的なテーマを読み取ることも可能です。上がり框には、《Father,mother,daughter》(2024年)と題された、型紙の跡が残る古い仕立て板を三枚構成したインスタレーションが設置されています。不在を取り扱った本作もまた、両隣の二枚にぶらさがる形で、小さな板が床から浮いている構成が、本展メインテーマと呼応しているのが見て取れることでしょう。
映像作品のラストでは、三姉妹の立つ地面の下 - 美しい仮装に隠された暗い場所 - にカメラが潜り込み、本当に歌っているのは別の者達であることを仄めかす、本作の複合的構造を明らかにしています。「Big and Littles hands」 - 権力と非権力の構造を、政治、経済、家族、あるいは歴史、不在といった様々な主題を通じて重層的に表現するチャッキアーニの試みは、人間の内的心理と社会情勢を反映した示唆に富むメタリアリティの実践として見る者に深く問いかけています。