磯谷博史
「さあ、もう行きなさい」鳥は言う「真実も度を越すと人間には耐えられないから」

2021年9月9日(木)- 10月16日(土)
開廊時間:12:00 - 18:00
※日・月・火・水・祝日 休廊
会場:SCAI PIRAMIDE

iPhoneで撮影した気まぐれな実験や旅先の発見など、宛名のない手紙のように行き交う親密でパーソナルな写真の数々、マットレスとマットレスの写真による反復的なインスタレーション、壁に描かれた動かない時計——特殊な方法を用いず、みずからの生活圏から拾い上げた素材で、鋭い状況の構成と知的パズルを生み出す磯谷博史。過去から未来へと一方向に進む時間軸のイメージに介入し、作品を通じて複数の視点を並べることで、現在の認識を揺さぶる創造的な手段を示してきました。

T・S・エリオットによる長編詩《四つの四重奏》(1943年)の一節を参照する本展は、こうした生活者の風景から文明への静かな警告となって立ち上がります。《活性》(2021年)では、5000年前の土器の破片を泥に戻し、バスケットボールほどの大きさの球体に焼き上げています。時間が凝縮された古代の遺物を再編成する本作は、素材を均質化し、形態を純粋化する人工的な操作に特徴づけられます。創造が孕むある種の暴力性の提示と共に、古代と現代を攪拌することによって、作品が内包する時間と文脈を相互に更新し、知の再活性を促しています。

オレンジ色の発光が周囲を包むインスタレーション《花と蜂、透過する履歴》(2018年)では、蜂蜜で満たされたガラス瓶に集魚灯が落とし込まれています。琥珀色の液体は、送粉するミツバチが長い時間をかけて蓄え純度を高めた膨大な労働力の結晶であり、時に比重の大きい蜂蜜が底の方から沈殿して固形化し、異なる糖度と状態の層を形成します。ホワイトキューブを赤く染める《同語反復と熱》(2021年)は、建築用のLED照明が光源となっており、月明かりと間違え飛行する昆虫がライトを打つ様子が、点の連続であるチェーンで描かれます。組織化した昆虫生態の秩序や習性を思わせるこれらの作品は、特権的な人間の存在が問い直される今日の寓話となって、新たな解釈が浮かび上がります。

飛行機の窓に貼り付けた菓子の敷紙、Tシャツの縫い目を通過したヒゲや山岳のように見える割れたガラスに至るまで、本展には様々な言語やイメージが駆け抜け、複層的な世界が同時に展開していきます。銀行員として働きながら詩作を続けたエリオットもまた、みずからが生きた現代の生活圏と記号が行き交うタイムレスな象徴世界を往来しました。「さあ、もう行きなさい」——詩に現れる鳥は、笑い声を忍ばせて戯れる子供達を横目に諭します。そして深遠な謎を残して頭上を過ぎ去っていきます。過去から未来へと一方向に流れる時間という感覚から逃れるために必要なのは、この鳥の視点なのかもしれません。


陶芸制作指導:坂爪康太郎

プリント制作:ONE TONE

金属加工:宮川和音

電気工事:中村徹

展覧会ビジュアルデザイン:田中せり

協力:青山目黒