ジェームス・リー・バイヤース
「奇想詩」

1月24日(金)- 2月29日(土)
開廊時間:12:00 - 18:00
※日・月・祝日休廊

美学と心理学を学び、60年代には京都とニューヨークを往復し、70年代の放浪的な生活を通じて独自の神秘思想を深めたバイヤースは、理想的なフォルムと「完璧」とを生涯に渡って追い求めました。ヨーゼフ・ボイスの同時代人として並び称される彼の作品は、彫刻やパフォーマンス(演劇)、文学に融合し、美学の古典的な形式を参照しながら、ものの「存在」という不思議な現象に目を向けます。「最初の完全なる疑問形の哲学」とバイヤースが呼んだ作品制作の理念は、物質と精神性に分け入る多様な表現へと昇華し、ハラルド・ゼーマンが手がけた「ドクメンタ5」(1975年)における伝説的なパフォーマンスや、金や白などの象徴的な色彩で空間と自分自身を覆った作品群の軌跡によって、現代美術史に深く刻み込まれています。

本展に向けて、バイヤースが来日時に制作した作品とともに、国内外から彼の哲学を象徴する代表的作品が集められました。表題作となる《The Poetic Conceit (奇想詩)》(1983年)では、壁面が暗幕で覆われゲーテの肖像(《カンパーニャのゲーテ》1787年 のレプリカ)が飾られ、完璧な円を形作る白いプレートが祭壇の供物のように置かれています。限られた素材で演劇的に組み立てられ、偉大な静けさのなかに観念性を求めたドイツ古典主義者が参照される本作では、物質とスピリチュアル世界の神妙なバランスによって、バイヤースの瞑想的なミニマリズムが詩人ゲーテの時代精神と交差していきます。芸術における言語とコミュニケーションの幽玄な性格を問い掛けるこの「奇想詩」は、作品を構成するさまざまな要素が一体となり、バイヤースの哲学的理念、 歴史に対する崇敬、新しいコミュニケーション形式の純粋な希求を表す記念碑的作品といえるでしょう。

深遠な精神性を湛える彫刻インスタレーション、時を止めるようなパフォーマンス、そして個人的に送られた親密な手紙の数々—バイヤースは、様々な方法で欠落した世界における「完璧」という不可能な夢を体現しました。全作品を貫く彼のテーマは、それぞれの作品によって差し出される問いそのものの形式美に特徴付けられます。《The Figure in Question》(問われる形状、1989年)では、木枠のガラスケースにギリシャ・カヴァラ島産の大理石が、それぞれ円形(《The Circle Book》)、立方体(《The Cube Book》)、星型(《The Star Book》)など、表題通りの幾何学的な形状に整えられ並んでいます。水や風によって浸食された古代からの贈り物のように鈍く多孔質な表面は、不透明で優美なやわらかさを保ち、純白の色合いが妖艶な輝きを与えています。また、異教の神話のように星型に彩られ独自の書体で綴られたメッセージは、黒い和紙に崇高に輝く黄金のドローイングとなり、 バイヤースが伝える孤高の形而上学を一層の高みに引き上げていきます。

ジェームス・リー・バイヤース展は、弊社が現在の谷中に移転し、スカイザバスハウスとしてオープンした際のこけら落とし展であり、アーティストとの公私にわたる関係は、突然に訪れた彼の死の間際まで続きました。設立30周年にあたり、芸術の衣装を纏ったバイヤースの完全なる微笑み(《Perfect Smile》)を回顧する本展では、「存在」に関する哲学的な問いを美術の中枢に据えたその理念に立ち返ります。それはまた、スカイザバスハウスの歩みとも軌を一にするものです。