Apichatpong Weerasethakul, Cactus River, 2012, 10 min 9 sec
Apichatpong Weerasethakul, Cactus River, 2012, 10 min 9 sec

至るところで 心を集めよ 立っていよ ジェームス・リー・バイヤース、潘逸舟、佐々木健、碓井ゆい、アピチャッポン・ウィーラセタクン

2022年7月21日(木)- 9月17日(土)
※予約不要
開廊時間:12:00 - 18:00
※日・月・火・水・祝日 休廊
※夏季休廊 8月11日(木) - 8月21日(月)
会場:SCAI PIRAMIDE

本展は、ドイツ系ユダヤ人の詩人パウル・ツェランの詩「刻々」の一節「至るところで 心を集めよ 立っていよ」を展覧会タイトルとして、「アイデンティティの葛藤と獲得」「不在の存在」「ここではないどこかを想像する」など、ここ数年、パンデミックや紛争が人々の営みや交流に困難を強いるなかで、あらためて我々ひとりひとりの立っているところを確認し、他者を想像することで知り得る価値観やそこから導かれる社会の多様な在り方、ひいては我々ひとりひとりの人間そのものの在り方について省察を試みようとするものです。

9歳のときに上海から青森県弘前市へ移住をした潘逸舟の作品制作は、自身の社会的アイデンティティへの問いかけからはじまります。高校時代に初めて発表をした《My Star》は、身につけているものをひとつずつ大地に並べ、星を描いてゆくパフォーマンスの様子を収めた映像作品です。潘は衣服を脱いでいくことで、自身を社会的に規定された立場から解放し、そこに改めて自身の身体を重ねることで「私とは誰か」を再考しています。また、今回は、いまも上海に住む祖母の営みから、それにまつわる素材を用いて、中国に暮らす女性たちの社会的・歴史的な境遇や文化、労働に言及する小作品も新たに発表する予定です。(「Thank You Memory ‒醸造から創造へ-」弘前れんが倉庫美術館ブックレットより 筆者一部改稿)

佐々木健は、2021年の夏、かつて祖父母が住んでいた家を「五味家(The Kamakura Project)」として公開し、自身にとって8年ぶりとなる個展「合流点」を開催しました。この展覧会は、知的障害を伴う自閉症の兄をもつ佐々木が、相模原障害者施設殺傷事件に衝撃を受け、家屋と庭と絵画によって、家族の歴史と自身のおかれた立場や境遇を告白し、「芸術」や「福祉」が隠匿する社会構造の問題にリーチし、多くの反響をよびました。本展では、この「合流点」でも展示された作家の祖母と母と2人の叔母が共同で刺繍をしたテーブルクロスを描いた絵画などを展示する予定です。

本展に出品される潘や佐々木の作品は、自身のアイデンティの葛藤や獲得への渇望と同時に、ときに最小単位の社会とも言われる「家族」のなかでの母親や祖母といった女性たちの生き方を通して、彼女たちの歴史や文化、感情などもすくいあげます。

碓井ゆいもまた女性や労働といった視点から歴史的かつ社会的批評性を持った作品を発表している作家です。香水ボトルを模した《空(から)の名前》で小さなガラスボトルに貼られた名前は、太平洋戦争中に旧日本軍の「従軍慰安婦」とされた女性たちが慰安所で名付けられた源氏名です。碓井は、この自民族中心的な思考によって理想の女性像の強要が行なわれていた歴史的な事実から、彼女たちや我々の社会のなかにいまなお続いているその痛みについて想いを巡らせます。加害者と被害者という双方の子や孫の世代である我々が、これから共にどのように生き、どのように向き合っていくべきなのか、新たな関係性を築いていくなかでその問いが果てることはありません。

アピチャッポン・ウィーラセタクンは「名前を変えることで幸せになれる」というタイの言い伝えにならって、新たに「水(Nach)」という名前を手にいれた女性のもとを訪れ撮影した映像作品《Cactus River》を出品します。ウィーラセタクンが「日記」と呼ぶこの短い映像作品は、彼の作品にもたびたび出演している女性がパートナーと暮らすメコン川近くの家で撮影され、一概に善悪や正否を言い切ることのできない伝統や伝承に寄り添いながら、自身の幸福や真理の探究を行う女性の物語でもあります。そして登場するふたつの流れ「メコン川」と「水(Nach)」は、それぞれの歴史や人生とも交差し、いずれ消えゆく流れの先に待ち受けるそう遠くはない未来の記憶を想起させるのです。

ジェームス・リー・バイヤースは、独自の神秘思想や瞑想体験から、自身の理想とする様式美を求め続けたコンセプチュアルな作家です。バイヤースの彫刻やパフォーマンスは、ときに装飾的・魔術的でありながら、一貫した美学のもと形而的な精神性をたたえています。本展では大理石の彫刻を木製のキャビネットに収めた「The Figure of Question(問われる形状)」シリーズより《The Star Book》を展示します。バイヤースは作品でたびたび星形をモチーフとして用いていますが、これは人間の形の象徴でもあります。今回は特別に《The Figure of Question(問われる形状)- The Star Book》を潘逸舟の映像作品《My Star》と並べて展示することで、人間が追い求める理想とは何であるのか、あらためて思いを巡らせ問いなおせたらと思います。

図らずも本展を構想するなかで、ロシアによるウクライナ侵攻が始まってしまいました。展覧会タイトルにも引用した詩人パウル・ツェランの生まれは、現在のウクライナとされている地域です。そして彼もまた社会的・政治的な干渉から逃れるためアナグラムによって名前を改名し活動を行なっていた作家のひとりです。本展では、自身の求めるアイデンティティを獲得するため、先人たちが、そして現代の作家たちが、切実に取り組んできた作品や活動をご覧いただくことで、ひとりひとりが多様な社会と人間の在り方を想像し、それぞれの真理に接近していただけたらと思います。


協力: 青山|目黒、ANOMALY、五味家 (The Kamakura Project)、XYZ collective